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東京地方裁判所 平成5年(ワ)17650号 判決

原告

遠藤恭三

右訴訟代理人弁護士

稲見友之

被告

大和証券株式会社

右代表者代表取締役

江坂元穂

右訴訟代理人弁護士

篠塚力

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、金五五七四万二四九五円及びこれに対する平成五年一一月三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、有価証券の売買を委託していた被告に対し、被告担当者がワラント取引を不当な方法で勧誘したこと等を理由として使用者責任に基づきワラント取引によって被った損害の賠償を求めた事案である。

これに対し、被告は、担当者は不当な勧誘等をしておらず賠償義務はないと主張する。

一  請求原因

1  原告は、ワラントについての知識が皆無であり、ワラント売買は絶対に行わない旨を被告における原告の担当者であった被告本店営業課長平山康弘(以下「平山」という。)に強く申し入れていたにもかかわらず、平山は、原告に対し、ワラントの仕組みについての説明を行わず、「確実に儲かる。」「これまでの損を取り戻せる。」「危険はない。」などと原告に説明し、平成元年八月二四日から平成二年一〇月二九日までに、原告の名義及び計算で、別紙売買一覧表のとおり合計金五〇七四万六二一〇円で、各ワラント(以下「本件ワラント」という。)を買い付けた(以下「本件取引」という。)。

2  平山の右行為は、以下のとおり違法である。

(一) (ワラント取引を勧誘することの違法)

ワラントは、①その仕組みが極めて複雑で一般投資家には理解が困難であり、②価格の変動及びその幅が著しく、③投資金額を全て失う危険があり、④権利行使するためには更に数倍の投資資金を要し、⑤価格及び価格形成の過程が不明確で投資家がその価格が公正であるかどうかの情報を得ることが困難であり、⑥仕切売買であるため、売買の相手方である証券会社の言い値で取引をせざるを得ないなどの多くの問題を抱えた商品である。その上、⑦本件ワラントは分離型の外貨建てであり、為替変動の影響を受けるものである。このように、ワラントは、機関投資家対象のハイリスク商品であって、原告のような素人に対し販売するに適さない商品であるにもかかわらず、平山は、原告にワラント取引を勧誘したもので、その勧誘自体、重大な違法性を有している。

(二) (適合性原則違反)

投資家に対する投資の勧誘に際しては、投資家の意向、投資経験及び資力等に最も適した投資が行われるように十分配慮し、特に、証券投資に関する知識、経験が不十分な投資家及び資力の乏しい投資家に対する投資勧誘については、より一層慎重を期さなければならないという適合性の原則がある。原告は、昭和三年生まれの高齢者であって、ビルを所有し、その賃料で生活しており、これまで株取引の経験はあるものの、ワラントの意味は全く理解できない者である。しかも原告の投資資金は全てその所有ビルを担保とした銀行借入であり、このことは、平山の熟知していたところである。平山がこのような原告に対しワラントを勧誘することは、適合性の原則に著しく反する行為である。

(三) (説明義務違反)

前記のとおりワラントは一般投資家に販売すること自体に疑問があり、多くの問題を抱えた商品である。したがって、ワラント取引に際し、ワラントの説明は他の商品に比して一層ていねいにすべきであり、ワラントの構造、性質及びその複雑な取引システム全体について極めて詳細、慎重かつ具体的な説明が行われるべきであるところ、平山は、原告に対し、十分な説明を行わなかった。なお、被告は、原告に対し、分離型ワラントに関する説明書を交付しているが、何ら説明せず、ただ渡しただけであり、しかもその説明書は素人には難解、複雑で一読して到底理解できる代物ではない。

(四) (断定的判断の提供)

証券取引法五〇条一項一号は、証券取引一般に関して、証券会社又はその役員若しくは使用人がその価格が騰貴しまたは下落することについての断定的判断を提供して勧誘することを禁止し、証券従業員に関する規則(公正慣習規則第八号)九条の二第三号は、価格等が、騰貴、上昇、下落、低下することについて、顧客を誤認させるような勧誘をすることを禁じているところ、平山は、原告に対し、本件取引に際して「確実に儲かる。」といって、断定的な判断を提供したことは、高度の違法性を有している。

3  右違法行為の結果、原告には次の損害が生じた。

(一) 平成五年七月三〇日の時点における本件ワラントの合計評価額は金三七一五円であり、原告は、本件取引により、金五〇七四万二四九五円の損失を被った。

(二) 原告は、本訴の提起にあたって、原告代理人に対し、所定の着手金を支払い、勝訴の際の成功報酬の支払いを約したが、そのうち、被害金額の一割未満である金五〇〇万円は、本件取引により原告の被った損害として是認すべきである。

(三) なお、原告は、当初、調停申立費用金一〇万八五〇〇円も損害として主張したが、第四回口頭弁論において、右は本件損害についての事情であるので、本件損害賠償の対象には含めないとして右主張を撤回した。

二  請求原因事実に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実のうち、本件取引があったことは認めるが(ただし、大和証券2WRの売買の日付は平成元年ではなく、平成二年八月二四日である。また、本件取引は、原告と被告の間の取引の一部に過ぎない。)、その余は否認する。

2(一)  請求原因2(一)の事実のうち、ワラントにリスクのあることは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

原告は、都内の中心部において貸ビル業を営むなど相当の資産を有している者である。そして、本件取引以前に、被告を通じるものだけで、昭和六三年五月三〇日の信用取引の口座設定約諾以来、数多くの信用取引を含む多数の証券取引を経験している投資家であり、例えば、昭和六三年だけで、約三五〇〇万円の損失と約四六〇〇万円の利益をあげて差し引き金一〇〇〇万円を超える利益を計上している。

このように原告は、ワラントよりハイリスクである信用取引を多数経験しており、ワラントが理解できないなどということは常識に反する。

(二)  請求原因2(二)の事実は否認し、主張は争う。

適合性原則は、努力目標にすぎず、民法上の賠償義務が生じるような内容のものではない。のみならず、前記のとおりの投資経験と資産と強い投資意欲を有する原告のような者に適合性の原則が問題になる余地はない。

(三)  請求原因2(三)の事実は否認し、主張は争う。

(四)  請求原因2(四)の事実のうち、証券取引法五〇条一項一号の内容は認め、その余は否認する。公正慣習規則第八号九条の二は、「協会員は従業員に対し指導、監督しなければならない」と定めるのみで、顧客と証券会社との間で民法上の賠償義務が生じるようなものとはいえない。しかも、本件各ワラントの買付時には右規定は存在していない。

3  請求原因3の事実は否認する。

三  争点

本件の争点は、

1  機関投資家以外の個人投資家にワラントの取引を勧誘することが違法かどうか

2  原告に対してワラントの取引を勧誘することは、適合性の原則に反して違法な勧誘行為となるか

3  原告にワラントの取引を勧誘するにあたって、平山のした説明等に説明義務違反の違法があるか

4  同様に、平山において、原告に対し断定的判断を提供した違法があるかどうか

である。

第三  判断

一  記録によれば、本件取引を含む原告の被告を通じての有価証券の取引について、次の事実が認められる(認定に供した主な証拠または証拠部分を、当該事実の末尾に略記する。)。

1  (当事者)

原告は、本件取引当時、都心にビルを持つ株式会社遠藤ビルのいわゆるオーナー社長であり、同社によって貸ビルを営む他、個人としても株式会社遠藤ビルの代表者としても、土地やゴルフ会員権に投資するなどしていたものである。(甲一、原告本人)

2  (取引の開始)

原告は、昭和六三年四月ころに、取引先の住友銀行から転換社債(CB)を発行するので株主になってほしいとの話があり、その応募先であった被告本店に取引口座(以下「本件口座」という。)を設定し住友銀行CBを購入した。その際、被告本店においては営業部の竹中哲男(以下「竹中」という。)が原告の担当となり、原告は、同年五月、竹中の勧めに応じて藤倉電線株五万株を信用取引で買い付け、以後証券取引を行うようになり、同月三一日には、外国証券取引口座も設定した。(甲一、乙八の一、乙二一)

3  (本件取引に至る経過)

その後、原告は、昭和六三年末までの間に、本件口座において右2の取引を含めて計六八回(現引を含む買付回数。以下同様)の証券取引(信用取引や外国株式を含む。)を行い、差し引き金一〇八〇万三三六八円の利益(損失・金三五三一万四三九一円、利益・金四六一一万七七五九円)をあげ(乙八の一・二)、続いて平成元年一月から八月までの間に計二三回の証券取引を行い、差し引き金五六五万〇五四三円の損失(損失・金二四九二万一一五一円、利益・一九二七万〇六〇八円)を出した(乙八の三の「銘柄欄」の神戸製鋼所から松下電器産業CBまで。同一約定日のものはまとめて一回と計算。)。この際、原告は、概ね買付から一か月以内に売付を行っており(平成元年二月八日買付の神戸製鋼所一〇万株は、翌九日に売付を行い、一日で金二〇〇万七三〇〇円の利益を上げている。)、長期運用というよりは、短期間に多額の利益を求めて頻繁に売買を重ねていた。

平成元年八月、竹中は大阪に転勤となり、かわって平山が原告の担当となった。原告は、同年八月二八日から九月一一日まで三菱金属株七万株(単価一一二〇円)を買付けるとともに同一〇万株を現引して(平均単価一三五九円)保有したが、結局値下がりし、同年一〇月一一日と同月一二日に全部売却した結果、右取引だけで金四八六一万〇七五八円もの損失を出した。(乙八の三)

そのころ、原告は平山の勧めに応じてワラント取引を行うことを決め、同年一〇月三日に大和証券2WR額面合計二〇万ドルを買い付け、その後平成二年一〇月まで、ワラント取引以外の証券取引と並行して、別紙ワラント売買一覧のとおりワラント取引を行った(乙二、乙八の三から八。本件取引については、大和証券2WRの売買の日付を除いて当事者間に争いがない。)。右ワラント取引の開始に先立って、平山は、原告に対し、分離型ワラントについてのパンフレット(乙五)を交付し、原告は、平成元年一〇月二三日、「私は、貴社作成のワラント取引についての説明書の内容を理解し、私自身の判断と責任においてワラント取引を行うことを確認します。」との「ワラント取引に関する確認書」(乙一)に署名、捺印して、同年一一月二日、平山を通じて右確認書を被告に差し入れた。

4  (原告のワラント取引)

本件ワラントは、別紙ワラント売買一覧のうち、原告が買い付けたまま売却せずに保有している六銘柄のうちの五銘柄である。既に売却が済んだワラント取引は計一三回あり、最高で金一〇二万七二二一円の利益を、最低で金一二五万五九四一円の損失を出したが、全体では差し引きで金一八二万二四〇一円の利益を出している。(乙二)

本件ワラントの平成五年七月三〇日時点における合計評価額は、別紙売買一覧表のとおりであって、原告は右時点で金五〇七四万二四九五円の損失を出している(弁論の全趣旨)。その後、本件ワラントは、いずれも行使期間満了により無価値となっている(乙二二の八)。

5  (ワラントの性質)

ワラントとは、新株引受権付(ワラント付)社債が発行されたあと、新株引受権証券と社債券とに分離された場合の新株引受権証券(ワラント)のことであり、一定の期間(権利行使期間。この期間は、国内発行銘柄は六年、海外発行銘柄は四年又は五年。)内に一定の価格(権利行使価格)で一定数の新株を引き受けることができる権利を表章した証券である。ワラントの価格は、原則的には発行会社の株価の変動に連動して上下するが、将来の株価を期待してのプレミアム価格の部分もあるので必ずしも株価の変動とは一致しない場合もある。少額の資金で投資でき、投資に比して高い収益をあげることが可能な反面、転売もしくは権利行使せずに行使期間が終了すると無価値となる。ただし、そのリスクは当初の投資元本に限定される。(乙五、弁論の全趣旨)

二  争点についての判断

1  一般に証券取引は、本来リスクを伴うものであって、証券会社が投資家に提供する情報、助言等も経済情勢等の不確定な要素を含む予測や見通しの域を出ないことが多いのが通常であるから、投資家自身において当該取引の危険性とその危険に耐えるだけの相当の財産的基礎を有するかどうかを自らの判断と責任において行うべきものであり(自己責任の原則)、このことは本件のようなワラント取引においても妥当するものといわなければならない。

しかしながら、証券会社と一般投資家との間では、証券取引についての知識、情報に質的な差があり、しかも、証券会社が一般投資家に対し投資商品を提供することによって利益を得るという立場にあることからすると、証券会社が投資家に投資商品の取引を勧誘する場合には、投資家が当該取引に伴う危険性について的確な認識を形成するのを妨げるような虚偽の情報又は断定的判断等を提供してはならないことはもちろん、投資家の財産状態や投資経験に照らして明らかに過大な危険を伴うと考えられる取引を積極的に勧誘することを回避すべき注意義務を負うことがあるというべきであるし、また、一般投資家に商品内容が複雑でかつ取引に伴う危険性が高い投資商品を勧誘する場合には、勧誘を受ける投資家が当該取引に精通している場合を除き、投資家の意思決定にあたって認識することが不可欠な当該商品の概要及び当該取引に伴う危険性について説明する義務を負うことがあるというべきである。

そして、投資家に対する説明の内容及び程度等は、個々の投資家の投資経験、投資に関する知識や判断能力等に応じて異なるものと解される。

2  つぎに、原告の投資経験、投資に関する知識や判断能力についてみるに、前示のような原告の証券取引の経験・実績、すなわち、

(一) 原告は、本件取引の前に既に一年以上の証券取引の経験を有していること

(二) その取引内容は、転換社債、現物株式の他、外国債券や株式の信用取引を含むものであり、取引回数も非常に多く、投資額も個人としては極めて高額である(取引開始時に二〇〇〇万円、以後、昭和六三年中に合計約二億五〇〇〇万円を投資している(乙四・七)こと

(三) その取引の形態も、ほとんどが短期の保有で売却し、譲渡益を目指すというものであり、この他に、新発債や新株に応募して短期に利食い売りをする手法も併用していること(乙四・八)

に照らすと、原告は、平成元年一〇月の時点で、既に投資家として十分な経験、知識、判断能力を備えていたものといわざるを得ない。

原告は、株式購入、売却はすべて被告外務員が自由に行い、事後報告があるだけであり、原告は、被告外務員の言うままに代金の支払い等をしてきたもので、経験豊富な投資家とは到底いえないと主張する。しかし、前示のような証券取引の経験・実績、原告の年齢及び社会的地位に照らし、右主張は事実に沿わないものといわなければならない。

また、原告は、取引当初は、若干の余裕資金を元に株式投資を始めたが、次第に所有するビルを担保に投資資金を作らざるを得なくなったと主張する。しかし、原告は、取引開始の年だけで約二億五〇〇〇万円、以後平成二年末までの間に合計八億円以上の資金を投入していること(乙七)、右資金は、そのかなりの部分が信用取引の保証金への振替、証券の買付代金等の投資の拡大に用いられ、その他の部分も多くが信用現引にあてられていること(乙四)からすると、原告は、若干の余裕資金によって株式投資を始めたものでもなければ、手仕舞いの資金を調達するためにビルを担保に入れざるを得なくなった状況があったとも思われず、原告の右主張は、事実に沿わないものといわなければならない。

3  右1の見解及び2の状況を前提に原告の主張について判断する。

(一) (ワラント取引を勧誘することの違法の有無)

原告は、多くの問題があるワラント取引を機関投資家以外の顧客に勧誘すること自体が違法であると主張し、その理由として請求原因2(一)の①から⑦の事情を挙げている。

確かに、ワラントには、原告主張の②ないし④の特色があることは事実である。しかし、

(1) 原告主張の①の点については、いわゆる分離型ワラントは、一定価格での新株引受権が独立して流通におかれたものであり、株式取引の仕組みや転換社債の仕組みについての理解があれば、ワラントの概念を把握することはさほど困難とは思われない。

(2) 同③の点については、利益が青天井であるのに比して損失が当初投資額に限定される点では、リスクが限定された商品であると捉えることができる。

(3) 同⑤、⑥の点については、ワラントの売買価格は、前日のロンドン業者間マーケットの最終気配値を基に、当日の東京株式市場の株価動向を考慮して各社で定めており、特に平成二年九月二五日以降、日本相互証券の取引時間中に顧客と売買取引を行う際には、日本相互証券を通じた業者間取引において発注されている売買注文の銘柄ごとの直近の仲値を基準として一定の値幅の範囲内で行うことになっている一方、外貨建てワラントの代表的銘柄については、日本証券業協会が国内店頭取引における気配を毎日発表しており(乙一七、弁論の全趣旨)、ワラントの売買価格は公正に決められている。

(4) これに対して、原告が本件取引をする以前から行っていた信用取引は、日歩、追証等の当初の投資額に止まらない追加投資が求められたり、帳尻で担保で賄いきれない損失を計上する危険があることなど、その危険性が、ワラントに比して必ずしも少ないとはいえないものであるが、これを一般投資家に勧誘することが、直ちに違法になるとの議論はない。

以上のとおりにいうことができるのであり、これらの事情からすれば、一般投資家にワラントの取引を勧誘することがそれだけで違法であるとの原告の主張は、到底採用する余地のないものといわなければならない。

(二) (適合性違反)

原告は、平山の勧誘は、投資勧誘に際して守るべき適合性の原則に違反する行為であると主張する。

前記一5のとおり、ワラントは、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べると、値動きの幅が大きく、より多額の利益を得られることもある反面、投資資金全額を失うこともある危険性をあわせもつ点で、ハイリスク・ハイリターンという特質を有する商品であることからすると、一般投資家に対してワラントの取引を勧誘することが、当該投資家の財産状態、投資経験等に照らして明らかに過大な危険を伴う取引に積極的に勧誘したものと評価される場合には、当該取引の危険性の程度(当該投資資金の当該投資家の資産に占める割合及び当該投資資金の性質等)その他当該取引がなされた具体的事情如何によっては、私法上違法と評価されることがありうるというべきである。

これを本件について見ると、前記のとおり本件取引当時、原告は、相当量の資産を有し、短期間に多くの利益を上げるために、個人投資家としては多額というべき資産を継続的に投入し、信用取引(前記のようにリスクが保証金の範囲内に限定されない。)や外国株式を含む各種の証券取引を頻繁に行い、昭和六三年には、半年余の期間に約一〇八〇万円もの利益をあげていたこと及び前記のとおり原告が投資家として十分な投資経験と判断能力を有していたと認めるべきことからすると、原告をワラント取引に勧誘することは、原告の財産状態、投資経験等に照らして明らかに過大な危険を伴う取引に勧誘したものと評価することはできず、原告の右主張は理由がない。

なお、原告は、株式取引の素人であり、ワラントの意味が全く理解できない者であるとか、それまでの証券取引は、銘柄の選定をはじめすべて被告外務員が行っていたものであると主張しているが、前記認定事実のような取引経過(取引回数、取引規模、取引内容等)からすると、そのような主張は事実に沿わないものというべきであるし、右のような内容の取引を行う以上、商品や銘柄の選定は、原告自らの責任で行うべきことは当然のことといわなければならない。仮に、原告が銘柄の選定等について、被告外務員に委ねていたり、ワラントについての知識がないままにワラント取引に参入したとしても、そのような一任あるいは不勉強の結果は、原告において引受けるべきものであって、被告に対して負担を求めることのできるものではない。

(三) (説明義務違反)

原告は、平山が、ワラントの仕組み等について、原告に対する説明義務を尽くしていないと主張する。

前記一5のとおり、ワラントはハイリスク・ハイリターンという特質を有する商品であり、一方、原告は一般投資家に過ぎず、特にワラントについての商品知識を有していたと認められない限り、被告が原告に対してワラント取引を勧誘するに際してはワラントの商品内容及び当該取引に伴う危険性について説明する義務があるというべきである。

これを本件についてみると、前記のように平山は、原告に対し、分離型ワラントについてのパンフレットを交付し、原告は、「ワラント取引に関する確認書」に署名捺印の上、平山に交付している。また、原告のもとには、被告から、本件取引のたびに外国証券・外国証書取引報告書(乙一八と同様のもの。ここには「銘柄名」欄にワラントと表す「WR」の文字が、「通貨単位」欄に「USドル」が記載され、「為替レート」欄が存在する。)が送付されており、(原告本人三五項)、次いで買い付けたワラントの預り証(乙九から一四と同様のもの。ここには、「決算日又は利払日」「利率」及び「償還年月日」欄に記載がない代わりに、「権利行使最終日」が記載され、「単位」が「USドル」になっている。)も送付されている(原告本人三二項)。右パンフレットは、原告程度の投資家に当然要求されるべき知識と判断能力からすれば、特に困難を感じることなく理解をしうるものであるし、右報告書や預り証も、誤解を生じる余地のない明瞭な書面である。したがって、原告は、右書面により、自らの行っているワラントの取引がいかなるものであるかを容易に理解することができ、かつ、原告自身そのような理解をしていたというべきである。

よって、被告は、原告に対する説明義務を尽くしていたということができる。

なお、原告は、本人尋問において、右パンフレットについて、「ぺらぺらと見た程度で、内容はよく分かりません。」と供述しているが、たとえ原告の供述が真実であったとしても、本件取引に至るまでの原告の証券取引の経験からすれば、交付されたパンフレットをよく読みもせずワラント取引を行ったのはまさに原告本人の責任というべきであり、原告の主張は理由がない。

(四) (断定的判断の提供)

原告は、平山が、原告に対し、「確実に儲かる。」と説明したと主張し、原告本人の陳述書(甲一)には右主張に沿う記載がある。しかしながら、右の陳述は極めてあいまいで、平山がどの取引について、いつ、どこで言ったのかすら明確でなく、右記載をもって、そのような事実があったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。のみならず、仮にそのようなことがあったとしても、本件取引に至るまでの原告の証券取引の経験に照らせば、それはセールストークの域を出るものでないことは容易に分かることであり、原告の投資に当っての自由な判断を誤らせるようなものではなかったことが明らかである。

(五) また、原告は、本件不当勧誘の事情として、本件ワラントの無断売買を主張するので、この点にも触れておく。

まず、原告の被告を通じての証券取引については、取引報告書の送付や預かり証の授受によって、取引事実の報告がなされていることは、原告も認めるとおりである(原告準備書面(三)、原告本人三二項、三五項)。そして、原告は、このような文書によって取引の事実があることを知りながら、被告に対して、無断売買を理由とするクレームを申し立てもせず、逆に、これらの取引に伴って、年間数億円に上る投資資金を口座に入金している(乙七)。このような事実は、原告の主張するような無断売買とは全く矛盾する事実であって、原告の無断売買の主張は、事実に沿わないものというべきである。

原告は、平成元年八月に、株の取引は止めると言い渡したと述べている(甲一)が、同月から翌九月にかけて、原告は、三菱金属株一七万株を、買付と信用現引によって入手し、そのために八〇〇〇万円近い資金を追加して入金しており、到底そのような事実があったとは認められない。また、原告は、「株の組織は、やめさせてくれない組織になっており、竹中はやめさせてくれませんでした。」などとも述べている(原告本人六項)が、証券取引を解消することがおよそできない等ということはないのであり、結局は、原告が自らの意思で証券取引を続けていたことは明らかといわなければならない。

なお、前記一認定の原告の証券取引の経験からすると、原告は、昭和六三年のうちは利益を出していたが、平成元年に入って損失が多少出始め、同年八月から一〇月にかけて、三菱金属株一七万株の取引で約四八〇〇万円もの損失を出したことから、その損を埋めようとワラント取引に入ったものの、結局それも損失を拡大することにしかならなかったため、自らの投資の失敗の責任を棚上げにして本件訴訟を提起したと疑われるのである。損も出れば益も出るのが証券取引である以上、たまたま損が出たとしても、その補てんを直ちに訴訟に求めることができないのはいうまでもないところであり、本訴は理由がない。

三  以上によれば、本件取引については不当勧誘その他の違法事由は認められず、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用は民事訴訟法八九条を適用して原告の負担とする。

(裁判長裁判官岡光民雄 裁判官松本清隆 裁判官平出喜一)

別紙売買一覧表、ワラント売買一覧〈省略〉

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